2017-06

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始まりの時期

近年この時期に新品のスーツに身を包んだ新社会人を見ると、「彼らはこれから仕事や社会の勉強をしていくんだなぁ」などとおっさん臭い事を思うようになりました。
そんな新社会人を見て、今回は童が始まった時の事でも書こうかと思います。

1995年7月下旬、童は「調布市つつじヶ丘」にその産声を上げました。プログラマー3人、営業2人、グラフィック1人の総勢7人での船出でした。
「新事務所」といっても最初はただの「空き部屋」な訳ですから、部屋を作るところから始めなければなりません。まずは物の配置などのいわゆる力仕事をする訳ですが、猛暑の上にクーラーが壊れていて(その時まで気づかず)、bata氏と二人で「冷却のために」ビールを飲み続けながらレイアウト作業を行っていました。初っ端から地味に死にそうでした。その後も下駄箱を組み立てたり、傘立てを組み立てたり、全くゲームを製作しないまま7月は過ぎていきました。
8月に入ると私の機材「PC9801RA」(私物)とbata氏の「X68000」(これまた私物)とST-Vの機材を搬入し、アーケード麻雀ゲームの製作が開始されました。自分はやっと「プログラムが出来る」と張り切って「MIFES」を立ち上げコーディングを開始したのでした。
やがてアーケードの筐体を搬入すると、社長が「B-WING」の基板(やはり私物)を持ち込んで、よく1コインクリアしていました。
秋頃になると「遠い人は会社から近い場所に引っ越しをしよう」、ということになりました。
しかしいざ近くに引越しをしてきたものの、みんな殆ど帰らずに会社で作業をしていました。
終電を気にしなくなったせいで、「いつでも帰れるから逆に帰らなくなる」という現象がおきていたのです。
当時は社員のほぼ全員が酒飲みでしたので、その量もハンパじゃなかったと思います。
しかも「いつでも帰れる」訳ですから、(マスターアップ以外には)縛られることも無く飲んでいたような時期でした。
最初のころはほぼ毎日「夜中まで作業しては朝まで飲んで」見たいな感じでした。
計算はしていませんが、当時はエンゲル係数メチャクチャ高かったと思います。

さすがに今はそんなこと出来ませんけどね。

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